先週末
友人と友人のお母様と三人で東京町田の「武相荘」へ
白洲次郎、白洲正子邸
薫風が心地良く、お天気にも恵まれました。
私は今回訪れるのは、三度目
2010年に上京した母と
2023年、5月 一人で
そして今回、私のブログをいつも見てくださっている
(感謝です)
友人のお母様の希望で武相荘へ
季節のいい時季を選んで今回実現出来て嬉しいです。
友人とは一回りほど年齢は違うのですが趣味のアンティークや
インテリアを通じて知り合い今年で18年。
姉妹のいない私にとっては妹のような存在。
お母様も思慮深く優しく、品があって
今回ゆっくりとお話することが出来て嬉しかったです。
友人が車を運転してくれました。
私達が住む沿線からは白洲邸のある鶴川まで
電車の乗り換えが何回かあるので
スムーズに行くことが出来ました。
鶯が鳴き、新緑が眩しく、着いてしばらく散策路を歩きました。
自然のまま、季節の楚々と咲く草花
撫子や大山蓮華
他にも紫蘭や都忘れなど初夏を彩る花が咲いていました。
白洲次郎が作った新聞受け
新緑が美しい青もみじ、
竹林には竹が勢いをよく伸びる様子を見て
竹の生命力を感じたり
茅葺き屋根の母屋は二人の終の棲家で現在は
ミュージアムとして公開されています。
ミュージアムでは、白洲夫妻の審美眼で収集された骨董と
独自の美学を貫いた暮らしぶりが展示されています。
ご夫妻の生活の痕跡が感じられます。
白洲ご夫妻がもしも
存命されていたら今の日本の政治や
現代の世の中をどう感じるのだろうか。。。
白洲次郎は兵庫県生まれ。実業家。
若くしてイギリスに留学、ケンブリッジ大学で学ぶ。
第二次世界大戦では日本の敗戦を当初が見抜き
鶴川に移住し農業に従事
戦後は吉田茂に請われてGHQの折衝にあたる。
GHQの次郎の印象は「従順ならざる唯一の日本人」
日本国憲法の成立に関わり政界入りを求められたが
生涯在野を貫く。
生涯プリンシブル(自分の信条)を貫いた人生。
白洲正子は東京生まれ、随筆家。
樺山伯爵家の次女。祖父は薩摩藩で警視総監や海軍大臣歴任
父は貴族院議員。
幼い頃、能を習い女性として初めて能舞台に立つ。
アメリカの留学後、次郎と結婚。
戦後、小林秀雄や青山二郎と親交を結び
文学、骨董の世界へ。
銀座に染色の店を出し、多くの作家を見出す。
自分の眼で見て足を運んで執筆する姿勢は終生変わらなかった。
代表作「能面」「かくれ里」「明恵上人」
こちらは、無料区域のレストランなので
お昼前になると、待つ人も出て来る人気のレストラン
白洲夫妻にゆかりのあるメニューがいくつかあります。
室内からガラス越しに見える新緑
友人のお母様と友人は
白洲次郎が好きだった「親子丼」
私は「エビカレー」にしました。
白洲家の親戚が以前シンガポールで覚えた味を再現したもの
野菜嫌いの次郎の為に正子が考えたカレーにせんぎりキャベツを添える
白洲家オリジナルのカレー
コーヒーも注文しました。
ガレージには
次郎が乗った車も展示されています。
こちらは、カフェコーナーで
昨年連休に行った時はこちらも満席で
今回は連休明けの平日に行ったので空いていました。
白洲邸は、母と訪れた場所でもあり、両親は
白洲次郎正子の本を読んで
ゆかりのある場所や仏像などを巡っているので
私にとっても特別な場所です。
白洲邸を後にして
久しぶりに港北まで行きました。
友人お薦めのお店を何軒か巡り楽しい時間を過ごせました。
港北エリアは、若い人や子育て世代が多く住み活気があります。
三人での武相荘へのお出かけは
充実した心癒される散策になりました。
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